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カテゴリ:Pensée 考( 5 )


2009年 09月 10日

献血できない。。。

私はフランスに行く前は結構頻繁に献血をしていて、献血している間に横になれるし、献血したからといって特に健康に問題があるわけでもないので、献血は好きでした。400 ml献血や成分献血もしていて、日本に帰ってきたらまた気が向いたら献血しようぐらいの軽い気持ちでいました。

今日商店街で「献血のご協力お願いします」という日本赤十字センターの看板を持った方がいたので、久し振りだと思って、即「どこでやってるんですか?」と聞いて献血センターまでやってきました。

久し振りなので登録カードをもう一度作り直すと、「同姓同名で同じ血液型の人が三人いるといますけど、同一人物ですか?」ということで見てみると、全て私でした(笑)。学生時代の引っ越しした住所などすべて残っていました。今は献血カードも電子化して便利になりましたね。

ひさしぶりの献血でなんとなくウキウキしていましたが、がっくりして踵を返すことになろうとは思っていませんでした。。。

こちらが、献血の前に確認する項目です。

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献血できない人の項目で

"9.昭和55年(1980年)以降、ヨーロッパの対象国に滞在(居住)された方(国名・期間等、詳しくは受付におたずねください)"

というのがあったのに、私は1980年というのばかり見ていたのと、健康には自信もあったし、大丈夫ですと言って、登録を済まし、待っていました。
血液の確認の前に、お医者さんとの問診があって、その時にフランスにいたことを言うと、いつからいつまでかを正確に言うようにと言われ、私は引っかかってしまいました。1980年~2004年までの間6ヶ月以上フランスに滞在した人は献血ができないそうです。
英国の場合はもっと厳しくて、昭和55年(1980年)から平成8年(1996年)の間に一泊でも英国に滞在した場合は献血はできないそうです。

日本赤十字社のこちらのページで詳しい規定が読めます。

ちょうど狂牛病が猛威を振るった時期なので、WHOから赤十字の方にそういう通達が来ているそうで、「それが解かれるかもしれないが、当面は該当する方には献血はお断りしています」とのことでした。

別に献血できなくてもいいのですが、なんだかガックリときた出来事でした。受付の人に「じゃあ、フランスにいるフランス人は絶対に献血できないということになりますよね」と聞いてしまいました。

早くヨーロッパに滞在した人の献血禁止が解かれるといいです。
2004年までという規定でしたけど、確かに当時フランスでも狂牛病についてメディアを騒がせていましたし、みんな牛肉は食べないというフランス人が多かったです。

その余韻が今頃私に襲ってくるとは!

◆参考までに、日本赤十字社の献血についてのページはコチラです
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by mizuhofr | 2009-09-10 16:30 | Pensée 考
2009年 08月 28日

数字上でもやっぱり悪いお隣さんの印象

ロシア語を話すフランス人がヴァカンスでロシア語圏に旅行に行ってきたということをメールで書いてきていて、良い旅行だったようですが、その中で遠慮がちに、
「日本ってロシアと北方領土問題があるけど、今はサハリンには日本人は行けるのか。サハリンに旅行に行こうと思えば行けるの?サハリンってまだロシア領なの?日本とロシアの関係ってどうなの?」
等なにげなくメールに書かれていました。

丁度ニュースで「日本人の半分以上、中国人の半分以上がお互いの国に対して好ましくない、又は、どちらかといえば良くないという印象を持っているという結果が出た」という話題を見たばかりだったので、日本ではロシアよりは中国の方がイメージはよっぽど悪いんじゃないかと思うよ、と書こうかと思ったのですが、日中関係の悪さを彼女に書く必要もないし(どちらにしても日中関係が悪いことは書かなくても彼女は知っていますが)、中国について書くのは辞めました。

それにしても、具体的に数字として出てくるとこれはかなりの割合ですね。
こちらがニュースの内容です。
NHKニュース“日中 相手にマイナス印象” (2009年8月26日 18時41分放送)
http://www.nhk.or.jp/news/k10015115321000.html#
(著作権の問題でニュースをこのブログに引用することはできないようなので、リンクしておきます。出典元を書いてもだめなんでしょうか。)

確かに私が今年イタリア旅行に行った時に出会った日本人も中国は嫌だとはっきり言っていました。はっきりとどこか特定の国を嫌だという人はフランスでは珍しいことなので、初対面の私に対してそういうことを言ったという事は私にとっては結構ショックでした。外国で久し振りに会った日本人ということで何気なく言ったのかもしれませんが。

中国側では歴史問題が未だにネックで、日本側は餃子問題などの中国政府の対応への懸念というのが多いようです。(あんまりこういうことを書いてマークされるといけないのでこのぐらいにしておきます。)

フランスで会った中国人が日本人について言った言葉で「おや?」と思うこともありましたし、中国人の中では素直にフランスに来てから日本を見る目が変わったと言っている子もいました。
一度持った悪い印象を拭い取るにはかなり時間がかかると思うのですが、国レベルでの人間関係は難しいですね。中国ではなくても、国に対して持っているイメージって、良いにしろ悪いにしろ、あると思います。
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by mizuhofr | 2009-08-28 10:33 | Pensée 考
2009年 06月 20日

入院する理由

私が今住んでいる所に引っ越してきてから何かと精神的にお世話になっている人がいるんですが、その人のおかげでいろいろなフランス人を知るきっかけにもなりました。

この前私たち共通の友だちの最近の消息について話していて、ある人が今病院にいるということを聞いて少しビックリしました。鬱病だそうです。

ちょうど同じ時に私の知り合いで入院している人がいましたが、彼女の場合は赤ちゃん誕生のため。

同じ入院するということでも理由によって受け取る印象が違いますね。
赤ちゃんのための入院なら嬉しいニュースですけど、鬱病で入院というと心配になってしまいます。
ものすごく親しい人というわけではないので、細かいことは分かりませんが入院する程となると大丈夫なのかなと思います。

鬱病って日本でも結構あるようですが、フランスもです。私の主治医が鬱病が多いと嘆いていました。私の知っている人でも研修中に鬱病になってしまって、研修を中断せざるをえなくなったという人もいました。

思い返してみると結構いろいろと聞いた言葉です。知り合いの知り合いとか。
同僚の家族で鬱病で自殺してしまった人がいて、すぐに帰省していた人もいました。どんなに辛かったかと思います。
彼女は今でも私の良い同僚ですけど、あのニュースを聞いたときは私も相当ショックでした。

鬱病で大変な思いをしている人を何人か知っているので、鬱病と聞くとギクッとします。
そういえば、かなり前に仲のいい人に「私ウツで〜」と言ったらおいおいそんなこと言うなよ心配になるから〜と言った人がいました。
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by mizuhofr | 2009-06-20 13:06 | Pensée 考
2009年 06月 12日

修士論文の公開諮問へ行って

うちの大学の日本文化学科の修士論文(master 2・旧 DEA)の公開諮問がありました。

私は成り行き(笑)で行くことに。諮問を受けるうちの3人の論文をほ〜んの少しだけ手伝ったので行きたいなとは思ってはいたのですが、本当に行くことになりました。

寺山修司関連の論文が二つもありましたが、2人ともまったくちがった方向性で書いていて、2人ともものすごく良かったようです。

私は日本語からフランス語への翻訳などを少し手伝っただけなのですが、論文の「謝辞」のところに私の名前が書いてあったらしく、ある先生から「あなたの名前をたくさん見かけたわよ」と言われて、それがきっかけで「口頭諮問にいらっしゃいよ」ということになったのでした。ちなみに、そのことは知らなかったのでなんとなくこそばゆい気がしました。

私が修士の諮問をした時は口頭でちょと論文について話して、先生のコメントに質疑応答があって、という感じでした。今回の諮問も基本的には同じでしたが、発表の時パワーポイントを使う学生が多くて諮問の時間も私の時よりも長く感じました。感じただけかもしれませんが(笑)。

今日の諮問は修士論文の公開諮問でしたが、修士、博士に関わらず、論文を書くのに一番必要なものは情熱だと思います。理系はちょっと違うのかもしれませんが、人文科学系だと一般的に自分のやっていることに情熱を持っている人ほど良いものを書く傾向があります。「論文」でなくても、それは何かをやる時の原動力になるもので、反対に、それがないと書けない(成し遂げられない)でしょうね。
もちろん、情熱だけで書けるわけではありませんが、それがなければなにも始まらないということです。精神的に支えてくれる人、良き理解者も必要です。

博士となると期間も長いし、授業というものも実質はないと同然なので、自分との戦いになります。
修士でいい点をとってもこれから博士課程に行かないという人の理由として、経済的に無理という人がいます。確かに働きながら自分の論文を書くというのは大変です。仕事だけでもノルマがあって、やるべきことがあるのに、それプラスさらに自分の論文というと肉体的にも精神的にも大変です。私なんて自分の仕事だけでもかなり疲れてしまいます。

そういう理由もあって何年も博士課程をやっている人もいるのかもしれませんが、奨学金をもらって整った環境で集中して仕上げられれば良いに越したことはないんですよね。でも奨学金をもらっていても年数がかかる人もいます。

博士論文へ行くときは熟慮の上でというのが賢い選択です。
考え方いろいろ、人生いろいろですね。

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by mizuhofr | 2009-06-12 05:13 | Pensée 考
2009年 06月 02日

ちょっと回想、そしてこれから

[帰国] ブログ村キーワード
このブログを始める前にフランス生活について徒然と綴っていたものを終わりにして、このブログを始めたわけなんですが、前に持っていたブログを閉じることにしたのは、フランスから日本へ帰国することが決まったからです。他にもありますが、やっぱりこれが一番です。
正確に言うと帰国というのは、資料収集のためなのですが、一年も日本で暮らすということはやはり「帰国」と言っていいと思います。

七年間のフランス生活、いろいろなことがありました。そのすべてをブログの上に書くことは私にはできません。プライバシーというのもありますが、自分をさらけ出すというのは勇気が要ります。でも最近他の方のブログを読んでいて凄いなと思うことは、自分の心の内までブログに書いておられる方々です。心の内を綴っておられていて、勇気がある方々だなと思うと同時に、心の内を公に書いた方がかえって自分の気持ちの整理にもなるのかなとも思います。
書いておられる方のことは個人的には知りませんが、心にズンときます。

私が自分の思っていることを書くことにするかは分かりませんが、それは置いておいて。

日本に帰るということで、私の周りのフランス人の反応もいろいろです。家族や友だちに会えて嬉しいでしょう、と言われます。でも七年もこちらにいると、生活の拠点がもうフランスになってしまっているんです。
正直に言うと、日本での新生活は少し不安です。フランスで生活するのが当たり前で、友だちも今やフランスの方が多いです。日本へ帰るということが決まった時、嬉しさよりも不安の割合の方が大きかったということをここで白状します。

心配しても仕方がないことだと分かってはいますが、人との付き合い方もヨーロッパとは違う日本。社会のシステムも価値観も習慣も違います。最初のうちは慣れるのに大変だろうなと覚悟しています。海外暮らしが長くて日本に帰る人が慣れるのに苦労すると聞きますが、私もそれを今から体験しようとしています。すぐに慣れるんでしょうけど。

でも一方で日本にあってフランスにないものもあります。第一に家族、親戚がいます。9月からは家族や親戚が私のご近所ということになるので、遊びに行ったりというのも簡単です。顔を見て、一緒に歩いて、一緒にご飯を食べて、というのはやっぱり違います。第二に日本の四季。フランスでどれだけ桜を見たかったことか。桜の季節にいつも例えようのない淋しさを感じていたのは桜を見たいという私の日本の心からです。梅雨でさえ懐かしい程です(笑)。三番目、お寺や日本にしかない場所に行けること。たぶん長い間日本にいなかった私はちょっとした日本の観光客になるのではないかと思います(笑)。

その他、食に関してはもちろん日本食は食べたいですが、フランスはフランスで美味しいものがあるし、私は日本食がないとどうしても我慢できないという方ではありません。
でも、日本にいるからには日本で食べられるものをたくさん食べたいです。こちらで物質的に高い日本食なので、日本食を普通に食べれるというのは当たり前のようでいて、実は凄いことですからね。

それにしても、インターネットというのは本当にすごいもので、今やWIFIのおかげでコンピュータさえあれば、街でもインターネットが出来ます。日本ではこれが携帯でできてしまうんですよね?(日本に行ってまずすることは携帯を買うことかもしれません。)
思えば七年前のフランスは今程インターネットが普及もしておらず、日本とのコミュニケーションも大変でした。当時フランス一年目の私がいたモンペリエ大学ではインターネット室の環境は最悪で、インターネットを使うためだけに無駄に多くの時間を使ったものでした。どんどん便利になっていく世の中が少々恐ろしい気もします。

当時のホームステイ先ではインターネットを使わせてもらえず、電話もだめで、バスで街の中心地のネットカフェまで行ったものでした。あのころは本当に必要最低限の日本とのコミュニケーションしかしていなかったので、友だちとの連絡はおろそかになって、あの頃に日本の友だちを少し失ったかもしれません。今の時点でまだメールを出せば返事をくれる友達の存在は本当にありがたいものだと思っています。

このインターネットという素晴らしい媒体を使って一人の日本人の日記やつぶやきをネットの波の中に参れ混ませられるのなら、これを利用しない手はないです。というわけでブログは場所を新しくして続けることにしてみました。

9月から少なくとも一年間は日本で生活することが分かっています。心の整理はまだ出来ていませんが(物質的な整理も(笑))、どこにいても私は私というのは変わりません。La vita è bella ! というのはご存知イタリア語で「人生は美しい」。どういう人生になるかは自分自身と運次第。フランスにいようが、日本にいようが、どこにいようが、La vita è bellaです!

長いのにここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

++ 今日の気に入った言葉 ++

「全勝優勝は一度もなかった。
いつも、序盤戦で土を付けられた。
それでも、
そこからガタガタ崩れることなく、
気持ちを入れ直して優勝をつかんできた。
それが、私の誇りだ。
それが、私が相撲で学んだ勝負魂だ」
曙太郎(Kー1ファイター、元横綱)『曙』より


実は曙の大ファンの私。今日本にいないので大相撲時代の横綱曙しか知りませんが、日本という外国で、角界という厳しい世界で、よくがんばってこられたと思います。K1では振るわないようですが、応援しています!
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by mizuhofr | 2009-06-02 06:43 | Pensée 考